blog シナモンブログ
- 技術
【第6回】Super RAGの回答戦略 — Single-hopを極める設計判断と、回答品質を支える3つの工夫
- はじめに
- 本連載について
- Single-hop と Direct、そして Dictionary 前処理
- Single-hop 戦略 — 1回検索、1回生成
- Direct 戦略 — 検索しない、対話で返す
- Dictionary 前処理 — 社内用語をまず標準化する
- 回答品質を支える3つの工夫
- 設計上は実装されているが、現在オフの領域
- 多段推論にもレベルがある — 対話形式で実質的に進められる範囲
- Multi-hop は外部のエージェント基盤と分業する設計思想
- 上流(抽出・索引化・検索)の仕事がここで結実する
- 【持ち帰り検討材料】回答品質チェックポイント
- 次回予告
- まとめ
はじめに
本記事のメッセージ:Super RAGの回答戦略は、設計上はリッチな選択肢(5カテゴリの自動分類・Multi-hop 戦略など)を持っていますが、実運用では Single-hopを極めることに集中しています。チャット形式で結果を踏まえて次を聞く運用で、2〜3段の直線的な多段推論までは実質的にカバーします。一方、処理が分岐・ループしたり、何段も深い「真の多段推論」については、専門のエージェント開発基盤との分業で受け持つ——という構造です。本記事では、この設計判断を支える3つの工夫(Dictionary 前処理/Inline citation highlight/Multimodal RAG Generation)と、設計上は実装されているが現在オフにしている領域をご紹介します。
前回の第5回では、Super RAGがハイブリッド検索とリランクで意味と語の両軸を抱えた候補を整える仕組みをご紹介しました。検索が候補を関連度順に並べてくれたら、いよいよ最後の関門——その候補から、どう答えを組み立てるか——が残ります。
業務で投げられる質問は、見た目が似ていても、答えに変換するうえで必要な手順がまったく違うことがあります。「経費精算の流れを教えて」のように、関連箇所を1回引いて要点をまとめれば済む質問。「就業規則の出張規定では何が定められているか」のように、特定の規程・章節を読みに行けば答えが揃う質問。「こんにちは」のような、文書を引かずに会話で返したほうが自然な質問。「ROI(営業利益率の社内略称)の規程上の扱いは?」のように、社内独自の用語をまず標準化してから検索すべき質問。さらに、複数の文書を渡り歩いて答えを組み立てる多段推論型の質問もありますが、これは Super RAG単体で解こうとせず、専門のエージェント開発基盤との分業で対応する設計思想を採っています(後述)。
なお、第1回・第5回までは導入のため「Single-hop / Multi-hop / Direct / Dictionary の4戦略」と並列に紹介してきましたが、本記事では現在お客様にお届けしている標準運用の実体——シンプルな2分類(Single-hop と Direct)と、それに乗る Dictionary 前処理——を中心にお伝えします。エージェント開発基盤との連携を見据え、Single-hopを極める設計判断と、それを回答品質に変える3つの工夫が、本記事の核です。設計上は実装されているが現在オフの領域については、本記事の後半で整理します。
本連載について
本記事は第6回です。連載は、(I)なぜSuper RAG、(II)どう組み込むか、(III)中身を可視化、(IV)現場で何が起きているか、(V)導入判断、という5章構成で進めています。第III章「中身を可視化」では、抽出(第4回)→ 検索(第5回)→ 回答戦略(第6回) の3本柱を取り上げてきました。本記事で第III章は完結し、次回からは第IV章「現場で何が起きているか」に入ります。
第4回が「入口で取りこぼさない設計」、第5回が「取り込んだ素材を取りこぼさず引き出す設計」だとすれば、本記事は「引き出した素材を、質問にふさわしい形で答えに変換する設計」です。3回をセットでお読みいただくと、Super RAGが精度をどう積み上げているかの輪郭が立ち上がります。
Single-hop と Direct、そして Dictionary 前処理
Super RAGの内部では、質問が届いたあと戦略の振り分け → 必要に応じて用語集で書き換え → 答えを組み立てる、という決まった流れで処理が進みます。本番運用の実装は、シンプルな2分類が中心です。

シンプルな実装の地図
2つの戦略:質問は内部的に以下の2つに振り分けられます。
- Single-hop 戦略(1回検索 → 1回生成):参照ファイルが指定されていて、検索が必要な質問を扱う、最も一般的な経路。業務質問の大半はここで処理されます
- Direct 戦略(検索しない):参照ファイルがまったく指定されていない場面、たとえば「○○を計算して」「下記の日本語文章を英訳して」のような会話的なやり取り。LLM の対話履歴のみで応答する軽量経路
Dictionary 前処理:上記の戦略とは別の層として、Single-hop 戦略に進んだ質問に対して、用語集に登録されている語がクエリに含まれていれば、検索前にクエリを書き換える処理が挟まります。これが本記事で「Dictionary 前処理」と呼ぶ仕組みで、第5回で予告した DictionaryRetriever がここで動きます。
つまり、Single-hop と Direct の2分類を基本に、Single-hop には Dictionary 前処理が乗る——という3層構造が、現在の標準運用の実体です。
「設計の段階ではもっと複雑な構造(5カテゴリの自動分類や Multi-hop 戦略など)も実装されている」のですが、社内ベンチマークの実測結果とマーケット・トレンドから、これらは現在オフにしてあります。詳しくは本記事の後半でご紹介します。
Single-hop 戦略 — 1回検索、1回生成
最も一般的な経路で、業務質問の大半はここで処理されます。質問を検索エンジン(第5回でご紹介したハイブリッド検索+リランク)に投げ、関連度順に整った候補を受け取り、それを根拠として LLM が1回で回答を組み立てる——という素直な流れです。
向く質問例: – 「経費精算の流れを教えて」 – 「就業規則の出張規定では何が定められているか」 – 「製品ABCのメンテナンス手順」
技術的には Azure OpenAIのGPTモデルが回答をストリーミング配信します。第3回でご紹介したチャット呼び出し API は、この回答ストリームを受け取って、利用者に逐次表示する作りです。利用者からの見え方は単純で、「質問を投げると、根拠付きの回答が返ってくる」というだけ。中で進んでいる検索 → プロンプト構築 → 生成の3工程は、利用者からは見えない自動処理になっています。
Direct 戦略 — 検索しない、対話で返す
参照ファイルが明らかに関係ない場面、たとえば計算の依頼や英訳依頼のようなやり取りでは、データベースの文書を引く必要がありません。この場合、Super RAGは検索処理を完全にスキップし、LLM の対話履歴のみで応答を返します。検索コストもレイテンシも最小に抑えられる、軽量な経路です。
Dictionary 前処理 — 社内用語をまず標準化する
Single-hop 戦略に進んだ質問には、検索の前にもう一段の処理が乗ることがあります。それが Dictionary 前処理 です。 たとえば、社内で「ROI」が一般的な「Return on Investment(投資対効果)」ではなく、独自に「営業ROI(特定の営業評価指標)」を指している場合を考えます。素直に「ROI」のまま検索すると、社外の一般的な ROI の説明文が引かれてしまったり、社内の「営業ROI」関連文書がヒットしないことがあります。

Dictionary 前処理の動作
Dictionary 前処理の発動条件はシンプルです。
- 辞書が検索スコープ内のコレクションに登録されていること
- ユーザーの質問に、辞書登録された語句が含まれていること
この2つが揃ったとき、自動的に立ち上がります。質問文の中の該当語を DictionaryRetriever がチェックし、含まれていれば検索前にクエリを書き換える——「ROI」を「営業ROI(特定の営業評価指標)」のような明示形に置き換えてから、通常の検索に流します。社内固有の表現を、検索段がきちんと拾える形に整える整流装置、という位置づけです。
第4回で「素材の性質に応じてチャンカーを選ぶ(FAQChunker、DictionaryChunker など)」とご紹介しましたが、その DictionaryChunker で「用語と類語・定義のペア」として整えてあるから、Dictionary 前処理の段で意味のある単位を引ける——という連動関係も、ここで効いてきます。
つまり、用語集を用意して登録しておけば、あとは Super RAGが自動的に効かせてくれる——これが Dictionary 前処理の運用上の特徴です。
回答品質を支える3つの工夫
ここまで、Super RAGのシンプルな実装の地図(Single-hop と Direct + Dictionary 前処理)をご紹介してきました。「これらの機能だけで本当に業務に耐える回答品質を出せるのか?」と心配するかもしれません。業務観点での回答品質は処理戦略の数だけではなく、戦略を支える工夫で決まります。本節では、Super RAGの回答品質を支える3つの工夫をご紹介します。

回答品質を支える3つの工夫
工夫① Dictionary 前処理 — 社内固有の表現を検索が拾える形に整える
前節でご紹介した Dictionary 前処理が、回答品質を支える最初の工夫です。社内独自の略号・用語が混じった質問を、検索前に標準化することで、検索がノイズを掴まずに、関連の高い文書に届くようになります。
業務利用では、社内独自の略号(「ROI」「KGI」「PKG」のような、一般用語と意味が違うもの)や自社プロダクト名など固有名詞が想像以上に多く混じります。これらを放置すると、ベクトル検索も全文検索も「一般的な意味」のほうに引っ張られて、社内の本来欲しい文書に届かないことや、検索ヒットしてもLLMが意味を解釈できないことがあります。Dictionary 前処理は、その入口でクエリを整える役割を果たしています。
工夫② Inline citation highlight — 回答の「どこが、どの根拠から来たか」を文単位で示す
Super RAGの標準UIには、回答に書かれた各文がどの根拠チャンクから来たかを、視覚的に示す仕組みが組み込まれています。

Inline citation highlight の表示例

Inline citation highlight で元ファイルをアプリ内で開く機能
具体的には、回答文の中に ①②③ のような番号が振られ、その番号をクリックすると、画面右側の参照チャンク一覧で該当チャンクに自動スクロールします。さらに、参照されているファイルが PDF・Word・PowerPoint 等の文書であれば、チャンク一覧右上のファイルアイコンをクリックすることで、元ファイルの該当箇所がアプリ内に表示されます。表構造や図のレイアウトを保ったまま、元の見た目で確認できる仕組みです。
なぜこれが回答品質に直結するか。業務でAIの回答を使うとき、「この情報は本当に正しいのか」を確認できることが、利用者の信頼を作るからです。AIが文章として返してきた回答を、利用者が根拠のチャンク・文書に1、2クリックで遡れることは、
- 誤った情報を見抜きやすくなる(ハルシネーション対策)
- 判断に必要な詳細を、根拠文書で直接確認できる
- 「AIに任せきり」ではなく「AIと人がペアで判断する」運用が回る
という効果につながります。Super RAGが業務利用に耐えるプロダクトとして設計されている、そのひとつの表れです。生成された回答と根拠は単純な文字列でマッチングできない為、根拠を元ファイルまで追跡できる形で引用できるRAGは多くありません。
なお、この Inline citation highlight は Super RAGの標準UIで提供される機能です。API経由でこの表示そのものを取り出すことはできませんが、API のレスポンスには根拠チャンクの情報(チャンクID・出典・スコアなど)が含まれているので、自社UIを構築する場合は同様の表示を実装する素材は揃っています。
工夫③ Multimodal RAG Generation — 図表を画像のままLLMの根拠にする
3つ目の工夫は、図表を含む文書から、図表そのものをLLMの根拠として使う仕組みです。
業務文書には、テキストだけでは表現しきれない情報が大量に含まれています。フロー図・組織図・グラフ・写真入り報告書・回路図・システム構成図——こうした視覚情報は、テキストだけに変換すると意味の大半が落ちます。 Super RAGでは、元ファイル(PDF・Office系・画像ファイル)から抽出した図表を、内部で画像ファイルとして検索用テキストと関連付けて保存し、LLMにContextとして渡す仕組みを採っています。LLMはテキストと画像を同時に理解できるマルチモーダルな構造になっており、検索でヒットした根拠が図表を含む場合、その図表を画像として直接読み取って回答を生成します。

Multimodal RAG Generation の仕組み
たとえば「この製品の組織図のなかで、品質管理部門はどこに位置していますか?」という質問に対して、組織図の画像を根拠としてLLMに渡せば、画像を見て読み取った回答が返ってきます。テキストOCRに変換した結果から推測するのではなく、図そのものを見て答える——という仕組みです。
これは、第4回でご紹介した DocReader による構造を保った抽出があるからこそ可能になっています。図のキャプションが本文と紐付き、図の領域が画像として正しく切り出されているから、検索でヒットした根拠の中に図表が含まれるとき、それを LLM のコンテキストに乗せられるわけです。
第4回(構造を保った抽出)→ 第5回(ハイブリッド検索)→ 本記事の Multimodal Generation という流れで、素材の品質が回答品質に変換されている——という3層構造が、ここで完結します。
設計上は実装されているが、現在オフの領域
ここまで、本番運用の実体(Single-hop と Direct + Dictionary 前処理)と、回答品質を支える3つの工夫をご紹介してきました。実は、Super RAGには設計上はよりリッチな処理が実装されているのに、現在の標準設定ではあえてオフにしている領域があります。本節では、その領域を率直にお伝えします。第1回・第5回でこれらの機能に触れたことに対する、整理でもあります。

設計と運用の差分
5カテゴリの自動分類層 — 設計上は実装、現在はオフ
設計上は、質問を Direct / Single-hop / Multi-hop / Specific request / Dictionary の5カテゴリに自動分類する層が実装されています。Azure OpenAI に few-shot プロンプトを渡してカテゴリを判定し、結果に応じて Multi-hop 戦略などに振り分ける——という構造です。
しかし、現在の標準運用ではこの自動分類層をオフにしています。主な理由は2つです。
- オンにすると Latency(応答までの待ち時間)が増える:分類のための LLM 呼び出しが追加で発生し、回答までの時間が伸び、コストも増えます
- クエリが複雑な場合は精度向上の効果がある一方、一般的なクエリ(業務クエリ全体に占める比率は高い)では効果が低い:社内ベンチマークで実測した結果、多くの業務クエリでは Single-hop 直行のほうが品質・速度のバランスが取れるという結論が出ました
この実測判断によって、現状は Single-hop と Direct のシンプルな2分類で回しています。
Multi-hop 戦略 — 設計上は実装、現在はオフ
設計上は、複数ラウンドの検索と中間推論を組み合わせる Multi-hop 戦略も実装されています。「先に何かを調べないと、次に何を調べればよいかわからない」質問のための経路です。
ただし、上記の自動分類層がオフのため、Multi-hop カテゴリへの振り分け自体が起きず、Multi-hop 戦略は実質的に使っていませんが、この判断の合理性は後述します。
DynamicFewshotRetriever — 設計上は実装、現在はオフ
第5回で名前だけご紹介した DynamicFewshotRetriever——「質問に近い例示Q&Aペアを動的に引いてくる」検索器——は、設計上は 5カテゴリの自動分類プロンプトで使われる few-shot サンプルを動的に供給する役割を担います。
現在は自動分類層がオフのため、DynamicFewshotRetriever も実質的には休眠状態です。設計の地図には載っていますが、本番では呼び出されていない状態、というのが正確な姿です。
なぜこれらをオフにしているか — 実測ベースの運用判断
これら3つの機能をオフにしているのは、「機能として未完成だから」ではなく、「実測でトレードオフを評価した結果、現状の業務クエリ分布では Single-hop 中心がバランスが良い」という運用判断によります。
業務利用では、「たまに複雑な質問で深い回答が出るが、簡単な質問でも遅くてコストが高い」よりも、「いつ投げても必要十分な回答が早く返ってくる」ほうが、運用上の信頼につながります。Super RAGはその実用上の安定性を優先して、現状は Single-hop 主体の構成を標準としています。
第1回・第5回までで「5タイプ自動分類」「4戦略の選択」「DynamicFewshotRetriever の活用場面」と予告してきた内容は、Super RAGの設計上の能力としては実装されているものです。本記事までの説明と矛盾するわけではなく、設計上できることを探索しながら、お客様に提供する標準設定は、実測でベストなバランスの設定を選んでいる——というのが Super RAGの作り方の特徴です。
多段推論にもレベルがある — 対話形式で実質的に進められる範囲
ここで一点、誤解されがちな部分をお伝えします。Super RAG単体では Multi-hop 戦略を標準運用していない、と言うと「多段推論は何もできない」と聞こえてしまうかもしれませんが、実態はそうではありません。
業務質問の多段推論には、難易度のグラデーションがあります。たとえば「Aの条件を満たす製品Bは?」と質問して、出てきた回答を見て「では、その製品Bの保証期間と返品ポリシーは?」と次を聞く——この2〜3段の直線的な推論は、利用者が対話形式で結果を踏まえて次の質問を投げれば、Single-hop の繰り返しで実質的に成立します。チャット画面でやり取りを重ねる、いつもの使い方そのものです。
Super RAGの Single-hopは、この「次の一問」を投げるための土台として、毎回安定して根拠付きの回答を返してくることに最適化されています。利用者が頭の中で次のクエリを組み立てれば、対話の重ね方で多くの業務質問はカバーできる——というのが、実用上の現実です。
一方、次のような質問は対話形式では手数がかかりすぎます。
- (a) 推論の途中で枝分かれする質問:「条件Xを満たすものはAか、それとも別系統のBか、それぞれの場合に別々の手順を確認したい」
- (b) 結果に応じてループや反復が必要な質問:「該当事例を全部洗い出して、共通点をパターン化してほしい」
- (c) 何段も深くたどらないと結論に到達しない質問:「規程Xに関連するすべての下位規程と運用通達を辿って、実務上の最終判断を導きたい」
こうしたタイプは、利用者がチャットで一段ずつ手動で組み立てるには現実的でなく、自動化されたフロー制御が必要です。これが、次にご紹介するエージェント開発基盤との分業設計が効いてくる領域です。
Multi-hop は外部のエージェント基盤と分業する設計思想
ここで、Single-hop に集中するという判断は、業界の動向ともよく整合しています。2025年以降、AIエージェントの開発基盤——Dify、LangGraph、LangChain Agents、各種ワークフロー基盤——が急速に充実してきました。これらのツールは、複数ステップの推論やツール呼び出しを組み合わせて、業務ワークフローを構築することを本業とした製品群です。
この状況で、Super RAGが単体で Multi-hop の推論オーケストレーションまで抱え込もうとすると、専門のエージェント基盤と機能が重複し、結果としてどちらも中途半端になりかねません。それよりも、Super RAGは知識ソースの理解と検索品質を極めることに集中し、自動化された多段推論はエージェント開発基盤に担ってもらう——という分業設計のほうが、お客様のシステム全体としての品質・運用性の両面で合理的です。
実例として、第2回でご紹介した Dify 経費審査ワークフローを思い出してください。あの構成では、Dify が「申請内容の分解 → 外部Web情報の参照 → 審査判断」という多段の推論を担い、Super RAGは「経理規定や計上科目表をチャンク検索で提供する」という1ステップに徹していました。これはまさに、本節でご紹介している分業設計の好例です。当時は「パターン②(検索特化)」という組み込みパターンの一例として紹介しましたが、実際には Multi-hop ニーズをエージェント基盤と Super RAGの組み合わせで解く典型例でもあった、という再解釈ができます。
上流(抽出・索引化・検索)の仕事がここで結実する
第III章「中身を可視化」の3本柱(抽出・検索・回答戦略)が、本記事で完結します。最後に、3層がどう結実するかを1度だけ束ねておきます。
第4回でご紹介した素材の性質に応じたチャンク化(FAQ専用、辞書専用、PowerPointスライド単位など)は、本記事の Dictionary 前処理や Multimodal Generation が意味のある単位を引けるための前提になっていました。
第5回でご紹介したハイブリッド検索+リランクの二段ふるいは、本記事の Single-hop 戦略が質問にふさわしい根拠を1回で受け取れるための前提になっていました。Single-hop の信頼性を Super RAGが極めて高い水準で実現できるのは、上流の検索品質が抜けていないからこそです。
そして本記事の回答戦略は、上流が整えた素材を質問のかたちにふさわしく組み上げ、3つの工夫(Dictionary・Inline citation・Multimodal)で品質を最大化する最終工程です。
つまり、抽出が天井/検索が使い切り/回答戦略が選び取りと品質の磨き込み——という3段構造で、各層が前段の仕事をきちんと使い、最終的な回答品質を積み上げています。3層が一貫して連動して初めて、業務利用に耐える RAG になる、というのが Super RAGの精度設計の根幹です。
【持ち帰り検討材料】回答品質チェックポイント
ここまで、Super RAGの回答戦略と、回答品質を支える3つの工夫をご紹介してきました。読まれて「うちの業務でAIから返ってくる回答の品質は、何で測ればよいのか」と思われたかもしれません。これを業務目線で見立てるための、5観点の回答品質チェックポイントをご用意しました。

回答品質チェックポイント
トライアル時や PoC の評価、または既存の RAG・チャットボットの品質評価でも使える、共通の観点です。
観点1:回答の正確性 — 業務担当が「これで判断できる」と感じられるか
回答が事実として正しいだけでなく、業務担当が判断材料として安心して使えるかを見ます。検索でヒットした根拠が回答に正しく反映されているか、根拠と矛盾する情報を勝手に追加していないか(ハルシネーション)、根拠の引用範囲が妥当か——この3点が中心です。
Tips:「正解が分かっている質問」を10〜20件用意して、回答と照合するのが確実です。
観点2:根拠の追跡可能性 — 「どこに書いてあるか」をクリック1つで確認できるか
回答に対して、「この情報の出典はどの文書のどの箇所か」を、業務担当が自分で確認できる仕組みが必要です。Super RAGの Inline citation highlight はこの観点を直接支えます。回答内の文に番号が振られ、クリックで根拠チャンクに飛び、さらに元ファイルの該当箇所まで遡れる——この手間なく根拠に届く設計は、AIを業務に組み込む上での最低ラインです。
Tips:実データでトライアル時に「この回答の根拠は正しいか?」と業務担当に確認してもらうか、観点1の模範解答に付帯する根拠と突合して確認すると、追跡可能性の必要性が体感できます。
観点3:図表の取り扱い — テキストだけでは伝わらない情報が回答に含まれるか
業務文書には、テキストだけでは伝わらない情報(フロー図・組織図・グラフ・写真入り報告書・回路図など)が大量にあります。回答が文章だけで返ってくるのでは、根拠の半分が落ちている、ということになります。Super RAGの Multimodal RAG Generation は、根拠の図表を画像のまま LLM に渡し、回答に反映する仕組みです。
Tips:自社文書の中で「図を見ないと意味が伝わらない情報」がどれくらい含まれているかを棚卸しすると、Multimodal の効きどころが見えます。
観点4:社内用語への対応 — 独自略号や業界用語が回答に正しく反映されるか
社内で「ROI」が「営業ROI」を指していたり、業界で「PRTR」「KYT」のような略号が日常的に使われている場合、AIがこれらを社内・業界の意味で理解して回答する必要があります。Super RAGの Dictionary 前処理 は、用語集を登録しておけば自動的に効きます。紛らわしい類語(例えばSuper RAGとスーパーラグなど)を正規化する用途でも使えます。
Tips:社内独自の略号・業界用語を10〜20件リストアップして辞書登録し、「これらが正しく扱われた回答」が返ってくるかをトライアルで確認してください。
観点5:応答時間と安定性 — いつ投げても、安定して妥当な回答が返ってくるか
業務利用では「少数の複雑な質問回答にリソースを割く設計」よりも、「大多数の平均的な質問に安定、高速、低コストで回答が返ってくる」ほうが、運用上の信頼につながります。Super RAGが Single-hop 主体の構成を選んでいるのも、この実用上の安定性を優先した実測判断です。
Tips:同じ登録データ、質問を異なるRAGシステムに投げ、回答品質と応答時間のばらつきを見るのが評価のコツです。特に、大量のデータを登録した時、Super RAGが有利になる設計になっています。
これら5観点は、自社のトライアルで実データを使うときの評価軸としてもお使いいただけます。観点1〜4の結果を整理してお伝えいただくと、初回トライアルで何を試すかの設計が一気にスムーズになります。記事末尾のお問い合わせフォームからお気軽にご相談ください。
次回予告
次回(第7回)からは第IV章「現場で何が起きているか」に入ります。第7回は ユースケース事例① 製造・技術文書活用 をお届けします。本記事までで、Super RAGの精度を支える3本柱(抽出・検索・回答戦略)の地図が出揃いました。次回からは、その地図が製造業の技術文書という具体的な業務現場でどう機能するかを、匿名事例の形でご紹介します。
特に、「作業計画書から過去の事故・ヒヤリハット事例を引き出す」という「文書 vs 文書」の検索パイプラインをAPIで組む方法を取り上げ、第4回の DocReader の構造保持、第5回のハイブリッド検索、本記事の3つの工夫がどう連動して効いてくるか——具体的な業務質問とともに見ていきます。
まとめ
Super RAGの回答戦略は、設計上はリッチな選択肢を持っていますが、実運用は Single-hop と Direct のシンプルな2分類を中心に動いています。Dictionary 前処理が社内独自の表現を整え、Inline citation highlight が回答の根拠を文単位で追跡可能にし、Multimodal RAG Generation が図表を画像のまま回答に反映する——この3つの工夫が、シンプルな戦略構成を業務に耐える回答品質に変えています。
設計上は実装されているが現在オフの領域(5カテゴリの自動分類層・Multi-hop 戦略・DynamicFewshotRetriever)は、社内ベンチマークの実測結果から「Latency と精度のトレードオフを評価した結果、一般的な業務クエリでは Single-hop 直行のほうがバランスが取れる」という運用判断によります。「設計上できることと、お客様に提供する標準運用は、実測で揃え続ける」——これが Super RAGの作り方の特徴です。
複数ステップの推論オーケストレーションが必要な質問は、昨今のトレンドを鑑みて、Super RAGが知識ソースの理解と検索品質を担い、推論の組み立てはエージェント開発基盤(Dify、LangGraph など)に担っていただく——という分業設計を推奨しています。Super RAGは「自分の得意領域を極めることに集中する」プロダクト、というのが本記事のメッセージです。 「うちの業務質問は、Super RAGの標準運用でどれくらい応えられるか」が気になられた方は、記事末尾のお問い合わせフォームからお気軽にご相談ください。無償・有償のトライアルで、お客様の実データを流して結果を比較いただけます。
<このシリーズの記事>
- 【第1回】通常のRAGでは届かない品質へ — Super RAGを支える技術的な工夫
- 【第2回】3つの組み込みパターン徹底解説 — API呼び出しフローとDify経費審査の解剖
- 【第3回】API機能カタログ — 何ができて、何は自社で担うか
- 【第4回】ドキュメント抽出の中身 — エンジンはどう選ばれているか
- 【第5回】ハイブリッド検索とリランク — 「意味」と「語」の両立で、抽出した中身を使い切る
- 【第6回】Super RAGの回答戦略 — Single-hopを極める設計判断と、回答品質を支える3つの工夫
- 【第7回】Super RAG API活用事例:「文書 vs 文書」の検索 — 作業計画書から過去の事故・ヒヤリハットを検索し、危険を予測する(2026年8月公開予定)