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日本で時価総額1兆円超のベンチャーが育たない決定的な理由【ゲスト:入山章栄さん】(前編)
*本記事はダイヤモンド・オンラインからの許諾を得て転載しております。
多くの企業にAIソリューションを提供する「シナモンAI」の共同創業者として、日本のDXを推進する堀田創さんと、数々のベストセラーで日本のIT業界を牽引する尾原和啓さんがタッグを組んだ『ダブルハーベスト──勝ち続ける仕組みをつくるAI時代の戦略デザイン』が、発売直後にAmazonビジネス書第1位を獲得し、さまざまな業界のトップランナーたちからも大絶賛を集めている。
今回のトークは、『ダブルハーベスト』に「まさにすべての経営者に読んでほしい、AI×ビジネスを体系化しきった実践本だ!」と熱いコメントを寄せる早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授をゲストにお招きする。
日本でAIの利用が進まないのはなぜか?「ハーベストループ」を回す前提となるパーパスをどのように設定すればいいのか? DXを推進するときの障害と、それを乗り越える具体的な方策について、著者の堀田さんとシナモンAI代表の平野未来さんが聞いた(第1回/全3回 構成:田中幸宏)。
堀田創(以下、堀田) 本日は早稲田大学の入山先生をお招きして、シナモンAI代表の平野さんと一緒にお話をうかがいます。本日はよろしくお願いします。
入山章栄(以下、入山) 早稲田大学の入山です。『ダブルハーベスト』の帯に推薦文を寄せている冨山和彦さん、安宅和人さん、そして共著者の尾原和啓さんとも仲良くさせてもらっているので、この本が出てうれしく思っています。
僕は早稲田大学のビジネススクールで教員をしているんですけれども、最近はいろいろな会社の取締役をやったり、経営者の方のご相談に乗ったりしていて、仕事の時間の半分以上をそちらに使っています。もちろん研究者としての仕事もしているので、理論と実践の往復をしている状態です。平野さんには、うちのビジネススクールに来ていただいて、2度ほど社会人学生の前でお話しいただきましたね。
平野未来(以下、平野) シナモンAIで代表をしている平野です。私自身はAIと起業家が大きな2軸になっていて、もう15年以上前になりますが、大学では人工知能の研究をしていました。学生時代から起業して、最初の会社はミクシィさんに売却しているんですけれども、その後シンガポール、ベトナム、台湾など、アジアの国々と日本をつなげながらAI事業をつくっています。
入山章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学ビジネススクール教授
1996年慶應義塾大学経済学部卒業。98年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2003年に同社を退社し、米ピッツバーグ大学経営大学院博士課程に進学。2008年に同大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサー(助教授)に就任。2013年に早稲田大学ビジネススクール准教授、2019年4月から現職。専門は経営戦略論および国際経営論。著書に『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)など。
パーパスがなければ、DXは成功しない
堀田 さっそくですが、『ダブルハーベスト』をお読みになって、いかがでしたか?
入山 お世辞抜きに、本当にいい本だと思います。僕は自動車の一次サプライヤーの三桜工業やロート製薬をはじめ、いくつかの会社で社外取締役をやっているので、そこの社長や役員に全員読んでもらおうと思っています。
いままでAIの本というと、アメリカや中国はすごい、テクノロジーはこうなっているという事例集が中心で、AIという道具を使って何ができるか、どうすれば新しい価値をつくって収穫できるか、ということを事業と結びつけた形で整理した本はなかったと思うんです。自動化とヒューマン・イン・ザ・ループという軸でAIが実現する価値を整理した図もはじめて見たし、二重ループの話も言われてみればそのとおりというわけで、めちゃくちゃ勉強になりました。
この本でも書かれているように、AIはコモディティ化していて、どう使いこなすかが問われています。僕が最近、DXというテーマで講演を頼まれたときに最初に言うのは「デジタルは目的ではなく、手段」だということです。
堀田 大事ですね。
入山 ところが、DXを魔法の杖のように誤解している人がまだまだ多い。「デジタル化してAIを入れると、何かいいものが出てくるんでしょ?」という会社がたくさんあって、日本企業にAIを導入しようとしているグローバルIT企業も、悩んでいるのはそこなんです。
でも、大事なのは、そもそも御社は何がしたいのか。ベンチャーならすぐに答えられそうな質問ですが、レガシー系の大企業だと、なかなかはっきりした答えが返ってこない。そういうお客さんが多いと思うんです。
平野 そうですね。会社のホームページを見ても、そういった点について何も書いてないケースがあります。
入山 堀田さんが「あとがき」の中で書いているように、大事なのはまさにパーパス(Purpose)です。先にパーパスがあれば、その手段としてこういうふうにAIを使いましょうというアイデアがたくさん出てくる。けれども、パーパスがないから、デジタルを入れるのがすごく難しくなってしまう。未来やパーパスへの共感・腹落ち度と、DX&変革の進捗度合というのはワンセットなんです。
パーパスへの共感が全社にあり、かつ、デジタルがあると、DXは進みます。もしみなさんの会社がデジタル化はまだ進んでいないけど、パーパスがあるなら、いけますよと。ところが、従来型の日本企業は両方ともないわけです。そういう会社がパーパスがないまま、とりあえずAIだけ入れようとすると、確実に混乱します。
堀田 われわれの周囲もそんな話ばかりです。いろんな企業さんにハーベストループをつくってDXを推進していただきたいと思っていますが、こういう理論があったとしても、とくに大企業の中でそれをムーブメントにしていくのは難しいと感じています。社内のいろんな人を説得しなければいけないとか、現場と経営者にギャップがあるなど、さまざまな問題がある中で、入山先生はどうすればそれを乗り越えられるとお考えですか?
堀田創(ほった・はじめ)
株式会社シナモン 執行役員/フューチャリスト
1982年生まれ。学生時代より一貫して、ニューラルネットワークなどの人工知能研究に従事し、25歳で慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了(工学博士)。2005・2006年、「IPA未踏ソフトウェア創造事業」に採択。2005年よりシリウステクノロジーズに参画し、位置連動型広告配信システムAdLocalの開発を担当。在学中にネイキッドテクノロジーを創業したのち、同社をmixiに売却。さらに、AI-OCR・音声認識・自然言語処理(NLP)など、人工知能のビジネスソリューションを提供する最注目のAIスタートアップ「シナモンAI」を共同創業。現在は同社のフューチャリストとして活躍し、東南アジアの優秀なエンジニアたちをリードする立場にある。また、「イノベーターの味方であり続けること」を信条に、経営者・リーダー層向けのアドバイザリーやコーチングセッションも実施中。認知科学の知見を参照しながら、人・組織のエフィカシーを高める方法論を探究している。マレーシア在住。『ダブルハーベスト』が初の著書となる。
コロナが明けたら、経営者はシリコンバレーと中国に行くべき
入山 最大の鍵は、経営者です。別に経営者がコンピュータサイエンティストである必要はないし、デジタルがめちゃめちゃ詳しい人である必要もないけれども、会社全体が変化して、新しい価値を生み出していく道具立てがデジタルであり、デジタルを使えば、こんなふうに自分たちのパーパスを実現できるという感覚を経営者がもっていることが重要です。ちょっと予算をつけて「AIなんちゃら」をとりあえず試してみたら、何か出てくるんじゃない? と軽く考えているだけでは、結局何も出てきません。
会社を変えて新しい価値を生まなければ生き残れないという強い危機感を、経営者がもっていることが不可欠です。残念ながら、コロナ以前はそういう危機感をもっていない会社が多かったわけですが、コロナをきっかけにそのあたりの意識はだいぶ変わってきた。コロナが明けたら、経営者はみんなシリコンバレーと中国に行ったほうがいいと思っています。
堀田 なるほど。
入山 日本にいると、AIがどれほどの破壊力を秘めているか、どんなにすごい変化が起きるか、あまり実感できないけれど、現地に行けば、それが嫌でも目に入る。これは人から聞いた話なので、真偽のほどはわかりませんが、トヨタがAI研究所を設立するなどAIに巨額の投資をするようになったのは、豊田章男社長がシリコンバレーに行かれたときに、街中を走っている車がみんなテスラだという現実を見て、背筋が凍った経験があったからだと言われています。このままだと全部テスラにリプレースされてしまうという危機感があるから、あれだけすごい投資ができるわけです。
堀田 臨場感が大事なんだと思います。こんな会社がこうやってます、というコンサルタントのレポートを見たところで、臨場感が足りないと意思決定に踏み込めない。感情で動く部分がないからです。その意味で、実際に現地に行って自分の目で見てくるというのは、大事なのかなと。
入山 そうです。余談ですが、僕はビジネススクールの教員なので、ビジネススクールの経営も考えないといけないんです。するとみなさん、同じ国内で慶應や一橋のことを見るんですが、本当の脅威はもっと別のところにある。
僕がいま、ビジネススクールの最大のライバルになるのは、オンラインサロンだと思っています。つまり、ビジネススクールの知識なんて、デジタルでコモディティ化されてしまうので、誰でも手に入る。ナレッジ自体で差別化できなくなれば、「この人に会いたい」「この先生に相談したい」ということに価値が出てきます。それをデジタルでやると、オンラインサロンとイコールです。
僕は自分でもオンラインサロン的なことをしているし、まわりの経営者がやっているサロンにも参加して、現場を見ているから、それがわかるわけです。だから、いろんなところに行って、現場の臨場感を肌で感じることで、自分たちが変わらないとやばいという危機感をもつことは重要です。
マザーズ上場で満足している場合じゃない
平野 大企業に危機感が足りないというのもそうなんですが、実は、スタートアップも危機感が足りないのではないかと思っています。時価総額1000億円クラスの日本のスタートアップは、マザーズのユニコーンを合わせると40社くらいあるのですが、時価総額1兆円にまでなる会社はほとんどありません。楽天とZOZO、サイバーエージェントの3社くらい。アメリカや中国と比べると、あまりに少なすぎる。1兆円企業を増やしていくには、どうすればいいのでしょうか。
入山 まったく同感で、僕もそこに強い問題意識をもっています。僕は「マザーズを解体したらどうか」と言っているんです。
堀田 おおお。
入山 2022年4月には、東証がスタンダード、プライム、グロースの3つの市場に再編されて、多少はよくなると思いますが、少なくともいまみたいなゆるい上場基準でやる意味はない。売上10億、20億円で時価総額100億円くらいのベンチャーをなんで上場させるんだと。もちろん上場まで行くベンチャーはすごいし、たいへんリスペクトしていますが、とはいえ、日本は海外と比べて簡単に上場できてしまうのも事実です。その結果、ベンチャーがグローバルを目指さない。日本のスタートアップのエコシステムは国内で閉じているので、グローバルで勝負しようとしないわけです。
これは、僕だけが言っているのではなくて、日本を代表するようなベンチャーキャピタリストの中にも、同じようなことを言っている方がいます。
実際、僕のところにもたまに相談があって、「入山先生、我々もそろそろ上場しようと思います」というので、「シリーズ(資金調達のステージ)はいくつですか?」と聞くと「Cです」という答えが返ってきてびっくりするわけです。WeWorkなんて、シリーズHでもまだ上場していないのに。
もちろん、シリーズCくらいになると、投資家のプレッシャーが来るのはわかります。レイターステージから入ってきた投資家は利益を確定させたいから、「上場しろ」と言ってくる。「グローバル化するな、どうせ勝てないから」みたいなことを言う投資家がいるのも知っています。すべてがそうではないけれども、一部ではそういう残念なことが起きていて、個人的にはすごくもったいないと思っています。
平野未来(ひらの・みく)写真:左下
シナモンAI代表
シリアル・アントレプレナー。東京大学大学院修了。レコメンデーションエンジン、複雑ネットワーク、クラスタリング等の研究に従事。2005年、2006年にはIPA未踏ソフトウェア創造事業に2度採択された。在学中にネイキッドテクノロジーを創業。iOS/Android/ガラケーでアプリを開発できるミドルウェアを開発・運営。2011年に同社をミクシィに売却。ST.GALLEN SYMPOSIUM LEADERS OF TOMORROW、FORBES JAPAN「起業家ランキング2020」BEST10、ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019イノベーティブ起業家賞、VEUVE CLICQUOT BUSINESS WOMAN AWARD 2019 NEW GENERATION AWARDなど、国内外での受賞多数。また、AWS SUMMIT 2019 基調講演、ミルケン・インスティテュートジャパン・シンポジウム、第45回日本・ASEAN経営者会議、ブルームバーグTHE YEAR AHEAD サミット2019などへ登壇。2020年より内閣官房IT戦略室本部員および内閣府税制調査会特別委員に就任。2021年より内閣府経済財政諮問会議専門委員に就任。プライベートでは2児の母。
世界のマーケットと比べて極端に小さい国内市場
入山 アメリカのGAFAや中国のBATと比べて、日本企業の時価総額ランキングがことごとく低いのはなぜか。理由の1つは簡単で、潜在マーケットが小さいからです。いまから30年以上前の平成元年(1989年)には、時価総額のトップは日本企業ばかりでした。当時はまだ新興国が育っていなかったし、EUの単一市場もなかった。中国はまだ発展途上国で、東西冷戦が終わってグローバル化が一気に進むのもまだこれから。だから、GDP世界第2位の日本市場を獲るだけで、世界のトップになれたんです。NTTが1位だったりしたのはそのためです。
ところが、この30年でガラッと世界が変わります。マーケットがグローバル化して、かつ、エマージングマーケット(新興国市場)が出てきたので、潜在的なグローバルマーケットがそもそも大きくなっているんです。アメリカはもともと人口が3億人以上いて、アメリカで勝つと英語圏のマーケットが獲れるから、20億人くらいがトータルアドレサブルマーケット(TAM:獲得可能な最大市場規模)になります。中国も人口が14億人いるし、EUの人口は7.5億人です。アフリカの人口は12億人で、インドは13.6億人、東南アジアでも6.6億人います。それと比べると日本市場の1.2億人というのは、いかにも小さい。これでは勝負になりません。
東南アジアの国はバラバラですが、配車アプリのグラブやゴジェック、ゲームやEC、フィンテックの複合企業であるシーなどは、完全に東南アジアを面で見ています。
堀田 そうですね。
入山 日本市場が絶望的に小さいことに加えて、マザーズに簡単に上場できてしまうこと自体も問題です。上場基準を厳しくすると何が起きるかというと、エグジットの手段として、もっとM&Aが起きるはずなんです。アメリカでは実際そうなっています。
M&Aによってスタートアップが大企業に買収されると、何がいいのか。上場と違うのは、ロックアップ(あらかじめ決められた拘束期間)が済んだら、だいたいそこの社長は辞めるんです。大企業はつまらないから。すると、今度は手元にお金があるから、2発目はもっと大きな事業を狙えます。いわゆる連続起業家、シリアルアントレプレナーです。
イーロン・マスクはまさにその典型で、2社目、3社目、4社目で、ドカンと大きなのが出てくるわけです。ところが、日本はマザーズで簡単に上場できてしまうので、社長はなかなか変わりません。同じ会社でずっとたゆたってしまうというのが現状です。
堀田 めちゃくちゃわかります。
入山 もちろん、僕はベンチャーをやる人はみんなリスペクトしているので、彼らの問題というよりも、日本の仕組み自体の問題だと思っています。
堀田 ベンチャーの立場からすると、上場のプレッシャーもあるし、上場した後も実績を出し続けなければいけないという制約の中で、グローバル展開すると、どうしても利益が下がってしまうという問題があります。その結果、永遠に海外進出の意思決定をさせてもらないというのは感じていて。それを押して海外に行くには、そういうことに理解があるベンチャーキャピタリストが入ってこなきゃいけないということになって、それはそれでハードルが高いなと。
入山 とはいえ、そういう意識のあるVCや、大手企業でそういうサポートをするところが出てきています。たとえば、ネットショップ開設支援サービスのSTORESを展開するヘイは、ベインキャピタルから新たに出資を受けています。ヘイはもう上場できるレベルですが、もっと頑張ってほしい、時価総額をもっと上げてからユニコーンになってほしいという思いがあるそうです。そういう機運は出てきているので、うまくそういう人たちを使ってほしいですね。あとは、社長の胆力というか、踏ん張って世界を獲るぞという強い気持ちが重要です。
転載元:ダイヤモンド・オンライン / 入山章栄さん https://diamond.jp/articles/-/269476
「ダブルハーベスト」
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