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なぜ日本は20年分のDXを2年で実現できたのか – ダブルハーベスト・サミット2022【前編】

なぜ日本は20年分のDXを2年で実現できたのか – ダブルハーベスト・サミット2022【前編】

7月7日、シナモンAIはダブルハーベスト・サミット2022を開催した。同イベントでは、日本のDXを担う各界のリーダーが登壇。DXの実現に必要な「Massive Transformative Purpose(MTP)」をテーマに対談を実施した。

MTPとは、“臨場感のある大きな目標やビジョン”を意味する。将来を思い描く場合、一般的には現在地点を踏まえた上で「こうなるのでは」と未来を予測するでしょう。しかし、それでは推進力が弱く、描く未来に到達することは困難である。

MTPは未来起点で現在を考える。たとえば、30年後のあるべき社会の姿を強く思い描きましょう。そして、その30年後の未来から現在を眺めると、「これはおかしい」「これは間違っている」「これは不便だ」と感じる点がいくつも出てくるはず。そこで、あらためて現在に立ち返ったとき、30年後のあるべき社会を目指すために、今どうするべきかがはっきり見えたことでしょう。それこそが、MTPーー臨場感のある大きな目標やビジョン。

すでに、様々な業界のリーダーは、このMTPの実現に向けて動き出している。常識を打ち破り、壁に立ち向かい、強く信じる未来への歩みを進めている。

ダブルハーベスト・サミット2022登壇者の皆様のご講演を振り返ると、MTPの実現に向けてどのように取り組むべきなのか、各界のリーダーはどのように取り組んでいるのかが紐解かれた。

これからの10年で、これまでの100年分の変化が起こる

現在、私たちが体験しているのは、かつてないほど急速な社会変化。テクノロジーの発展は日進月歩であり、数十年前では考えられないほどのデジタル社会が到来している。これから先も、デジタル技術はさらなる進化を遂げていくだろう。

その結果、たとえば食品製造の多くがフードテックに代替されたり、ビットコインが国家的に通貨として認可されたり、健康寿命が20年伸びたりといった変化が起きるかもしれない。荒唐無稽に思えるでしょうか。しかし、30年前を思い返せば、決してこれらの予測が夢物語ではないことがわかるはず。30年前には、スマートフォンはおろか携帯電話すら一般的ではなかった。

しかも進化のスピードは、これまでの30年よりも、これからの30年の方が圧倒的に速い。専門家は、ここ100年間に起きた変化と同程度の変化が、これからの10年で起きると予想している。

MTPを描いていたからこそ、日本はコロナ禍でDXを加速できた

一方で、変化は必ずしもポジティブなものとは限らない。すでに気候変動や食糧問題などの課題も山積している。なかでも昨今、特に大きな影響を与えた出来事といえば新型コロナウイルス感染症でしょう。世界を襲ったコロナ禍は、社会やビジネスの有り様を変えた。

日本もまた、コロナ禍をきっかけとして大きな変化を経験した。日本のIT戦略の議論に長年関わってきた慶應義塾大学名誉教授の村井純 氏は次のように話した。

「2019年に東工大が作成した『未来シナリオ』では、自宅で何でもできるようになる『おうち完結生活』を2040年の社会として予測していました。ところが、私たちはコロナ禍ですでにその生活を実現してしまっています。専門家が20年後だと予想していた未来が前倒されたのです」(村井氏)

コロナ禍というきっかけがあったにせよ、なぜ日本はDXに成功し、20年先の未来を先取りできたのでしょうか。その背景には、村井氏が語る日本のIT戦略がある。

「日本は2001年にIT戦略としてe-Japan戦略を掲げ、インフラの整備を進めました。“すべての人がインターネットを使えるようになる社会を目指す”という目標は非常に高いボールでした。しかし、日本は災害の経験から、インフラとしてのインターネットの重要性を感じていました。だからこそ、法律を改定し、デジタル庁を設置するなど、着実に歩みを進め、結果として(コロナ禍における短期間でのDXという形で)高いボールを受け止めることができたのです」(村井氏)

つまり、日本という国は自らの体験から、「インターネットをインフラとして整備し、災害に備える」という“MTP”を明確に描いていたというわけだ。だからこそ、コロナ禍という危機に対して、わずか2年で柔軟な対応ができたと考えられる。

AI戦略を進めることで、日本が抱える危機をチャンスに転換できる

コロナ禍のように、今後も予測できない未来が到来することは十分に考えられる。そこで、2022年に新しく策定されたのが、ソニーグループCTOの北野宏明 氏が携わった「AI戦略2022」。

AI戦略2022では、従来のAI戦略で掲げていた4つの戦略目標「人材」「産業競争力」「技術体系」「国際」に、新しく「戦略目標0:非日常への対処」を加えている。非日常とはすなわち、パンデミックや大規模災害のこと。そうした危機から、人々の生命と財産を最大限に守る体制と技術基盤を構築・運用することを目標に定めている。

「もちろん、大規模災害のような物理的な現象がAIですべて解決できるわけではありません。しかし、たとえばデジタルツインの構築やグローバルネットワークの強化により、データやケイパビリティを守ることで、被災後の迅速な復旧を支援することはできるはずです」(北野氏)

このように、日本がAI戦略を進めていけば、むしろ「日本が抱える危機を最大のチャンスに転換できる」と北野氏は述べていた。

たとえば、気候変動などの問題解決にAIで貢献することで、大きな産業創成の機会や、国際的な地位の向上も狙えるでしょう。あるいは、震災への備えにAIを活用するだけでなく、その後の日本の姿を構想する戦略を打ち立てることもできるはずだ。さらに、公平性や透明性が担保された日本の強靭な情報基盤は、産業競争力の向上にもつながる。

危機への対処という形で発展した日本のAI戦略とテクノロジーが、結果として日本をグローバルのリーダーに押し上げる可能性も十分にある。

もちろん、このようなDX実現のためには、官民学が一体となる必要がある。

すでに、多くの企業がMTPを描き、DXの実現に向けて取り組みを進めている。後編では、各界のリーダー企業による変革の事例と成功の要因を探る。