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日本を代表する企業が取り組むDX、その成功要因とは? – ダブルハーベスト・サミット2022【後編】

日本を代表する企業が取り組むDX、その成功要因とは? – ダブルハーベスト・サミット2022【後編】

7月7日に開催されたダブルハーベスト・サミット2022には、各界でDXを推進するリーダーの皆様にご登壇いただいた。ご講演のなかで、慶應義塾大学名誉教授の村井純 氏は、日本がコロナ禍でDXを加速できた要因についてお話をした。また、ソニーグループCTOの北野宏明 氏は、AI戦略2022をもとに、これからの日本が取り組むべきMTP(臨場感のある大きな目標やビジョン)についてお話いただいた。

本記事では、MTPを掲げてDXを推進する各社の取り組みについて紐解く。

東芝が目指すデジタルエコノミーの発展

「人と、地球と、明日のために。」
東芝グループが掲げるパーパス。このパーパスについて、「名詞と動詞しかなく、形容詞がないところが好き」と話すのは、東芝代表執行役社長CEOの島田太郎 氏。

「たとえば“きれいな”のような形容詞が入ると、(パーパスを見た)その人のイメージをリミットしてしまうのです。名詞と動詞だけだと解釈に広がりがありますし、時間軸もないので50年後も100年後も通用するパーパスだと思っています」(島田氏)

島田氏はさらに、パーパスを分解して解像度を高めている。

まず、「人」とは一人ひとりの安心安全な暮らしを意味しており、そのためには誰もが享受できるインフラの構築が必要だという。「地球」とは、社会的・環境的な安定のことであり、そのためにはデータ社会の構築が不可欠。そして「明日」とは、子どもたちのために何ができるのかということ。カーボンニュートラルやサーキュラー・エコノミーの実現により、持続可能性を高めていくことが重要である。

このように、パーパスを具体的に捉えることで、東芝としてやるべきことが見えてくるという。では、具体的に東芝は何を目指すのか。それが「デジタルエコノミーの発展」。

「私たちは、デジタルエコノミーの発展段階として、Digital Evolution(DE)、Digital Transformation(DX)、Quantum Transformation(QX)という世界観を描き出しました。それぞれのコンポーネントで、我々ができることはたくさんあると考えています」(島田氏)

もっとも、注意しなければならないのはトレンドワードでもある「DX」。というのも、単なるデジタル化をDXだと捉えている企業も少なくないから。この点について島田氏は、「プラットフォーム化できないものはDXとは呼べない」と述べた。

とはいえ、プラットフォームをつくるだけでは十分ではない。いくら革新的なトランスフォーメーションを成し遂げても、うまく事業化できなければ存続は難しいからである。

「重要なのはサービス化することです。コストばかりで利益が出なければ、事業は続けられません。AIにしても、データを取得できるようになっただけでは意味がないのです。サービスとしてのパッケージまで考える必要があります」(島田氏)

第一生命保険が描くのは、保険会社が裏方に回る未来

一見するとDXとは縁遠い世界に思える保険業界で、強力にDXを推進しているのが第一生命保険。同社は早い段階からインシュアテック(保険のDX)を掲げ、テクノロジーで保険業界に革新を起こしてきた。

そうした経験から、「保険会社は今後、サービスプロバイダの裏方に回る時代がくるのでは」と大胆に予想するのは、イノベーション推進部部長の市川陽一 氏。というのも、「保険会社とは、万が一何かあったときに出てきて、マイナスをゼロに戻す役割。万が一のことは起きないに越したことはないのだから、保険会社は徹底的に裏方である方がいい」(市川)と述べた。

そうした市川氏の想いを後押しするのが、テクノロジーの存在。

たとえば、ヘルスケアやメディカル分野のテクノロジーがさらに進歩すると、遺伝子技術や再生医療がますます発展し、あらゆる病気の発症を予防できる時代がくるかもしれない。そうなれば、保険の存在はさらに日常生活に埋没し、“裏方”として各人の人生に組み込まれていくわけである。

そんな未来をMTPとして描いている市川氏は、そこへ向かうための取り組みとして「第一生命保険も予防医療の分野に踏み出したい」と考えているという。

「“健康”——ウェルビーイングとは、身体的、精神的、社会的に良好な状態であることだと、1946年にWHOが定義しています。この領域を会社としてやらなければと強く思っています。たとえば、マインドフルネスとかコミュニティとか、まだ第一生命保険として手を付けられていない領域にも進出したいです」(市川氏)

他業界との連携で、システムとしての価値を創出する東京海上

同じく保険会社としてMTPを掲げDXを推進するのが、東京海上ホールディングス。「東京海上は、保険を通じて人類のリスクや理不尽な損失に向き合ってきた」と話すのは、常務執行役員グループCDOの生田目雅史 氏。

「直近では、自然災害に対して、業界の垣根を超えた14社が集まり防災コンソーシアムを始動させました。災害のない世界を作りたいと、全員が強いパッションを持っています。これこそが私たちのMTPです」(生田目氏)

MTPを実現する上で、生田目氏が意識しているのは「個別の商品を作ることに留まらず、1つのシステムとして価値を創造する」ことだと述べる。

具体的な例として生田目氏が挙げるのが、日本の新幹線。

新幹線はもともと、「夢の超特急」として1964年に開通した。その背景には、世界で最高の移動手段を作ろうという想いがあったはずだという。スピード、正確性、乗り心地、そのすべてを完璧なものにすることをMTPとして情熱を注いだからこそ、新幹線は現実のものになった。

加えて、新幹線を支える周辺の動きも重要である。たとえば、生田目氏が挙げるのが、新幹線の清掃を事業として行うJR東日本テクノハートtessei。新幹線は停車して次に発車するまで、約7分しか時間がないが、清掃員は、その時間で完璧に清掃を完了している。この驚異的な仕事は、同社の社員一人ひとりが高い意識を持って業務に臨んでいるからにほかならない。

なぜ、それほど高い意識づけができたのか。実は、jr東日本テクノハートtesseiは、パーパスから「清掃」という言葉を外し、かわりに「お客さまに快適な旅を提供する」という点をパーパスに据えたことで、従業員の意識が大きくチェンジした。従業員は新幹線の清掃についてパフォーマンスと捉え、新幹線についてパフォーマンスを提供するステージと捉えていると生田目氏はいう。そうしたストーリー性を持たせたことでトランスフォーメーションが起こったのである。

「保険も同じです。専門性だけに留まっていては、トランスフォーメーションはできません。他業界も含めて連携し、実証実験を重ねることが重要です。既存事業を磨き込んで競争力をつけ、その上で新たな価値創出ができるよう経営が支援する必要があるのです」(生田目氏)

多様な人材で構築された「石垣型組織」がトランスフォーメーションの鍵

既存事業の枠組みにとらわれず、MTPに向けて事業変革を起こす3社の取り組みを紹介した。では、他の企業が3社のようにトランスフォーメーションを起こすには、何が必要なのか。

生田目氏は、変革の実現には「クレイジーなアイデアと、それを許すこと」が必要であると述べ、その上で「重力(予算などの制約)を上回るエネルギーを噴射しなければならない」と話していた。

この「エネルギー」を噴射するためには、2つの重要なポイントがある。

まず、組織設計や人材が、エネルギーを阻害する「抵抗」の要因になり得ること。というのも、いくらMTPを掲げていても、多くの社員にとってそれを自分ごと化するのは容易ではないからだ。

この点について、社外人材によるオンライン1on1を提供するエール取締役の篠田真貴子 氏は、「どれだけ研修をしても、最後は従業員が自分で咀嚼して腹落ちしないと意味がありません」と指摘している。

「組織の活動を一人ひとりが自分ごと化するためには、そもそもの組織設計が重要です。同じサイズの石(均一化された人材)で作り上げたブロック塀型組織ではなく、異なる形の大小様々な石(多様な人材)で作られた堅牢な石垣型の組織でなければなりません」(篠田氏)

2つ目のポイントは、業界などの垣根を越えた連携。この点について、東芝の島田氏は「データからバリューを生み出すには、ハードとソフトのレイヤーを切り分け、ソフトをプラットフォーム化して水平展開することが大事」と述べている。そのようにして、他社の製品やアプリケーションと接続することで、これまでとは違ったビジネスが生まれる可能性があるのだ。

第一生命保険の市川氏も、大企業とスタートアップの連携について、強い想いを持っている。

「大企業とスタートアップの協業を成功させるには、“同じ船に乗る”意識が必要です。誰がどんな仕事をしているのか。お互いに見つめ合って理解しないと、うまくいきません」(市川氏)

また、大企業であっても、スタートアップ精神を持ち続けることが大事ともいう。たとえば、第一生命保険は一般的には大企業とみなされているが、「生命保険産業はせいぜい140年程度の歴史しかない。2000年前からある農業などに比べると、我々はスタートアップのようなもの」(市川氏)だと説明する。

ダブルハーベスト・サミット2022にご登壇いただいた企業に代表される各界のDXリーダーは、常に臨場感のある未来を描き、パーパスを掲げて大胆な事業変革を実現している。

シナモンAIはそうしたリーディングカンパニーの皆様とともにMTPを実現することを目指して、「誰もが新しい未来を描こうと思える、創造のあふれる世界を、AIとともに」を自社のパーパスとして掲げている。今後も自社の技術と知識を提供し、企業の皆様が事業変革を実現できるよう、支援して参ります。